河内十人斬り

町田康の「告白」は河内音頭のスタンダードナンバー「河内十人斬り」をモチーフにしている。

河内十人斬りは明治26年大阪府南東部金剛山麓、赤坂水分村で起こった殺人事件。
この事件の犯人は村民で博打打ちの城戸熊太郎と舎弟の谷弥五郎。
熊太郎の内縁の妻おぬいと村の顔役松永傳次郎の次男松永寅次郎の密会
が発覚したことが発端となった。

熊太郎はおぬいの母おとらに毎月の仕送りが十ヶ月たまって25円になったのを
持って来いとなじられ、松永傳次郎に博打で貸した金50円を返してもらいに行くと、
借金を踏み倒された上に半殺しにされる。

熊太郎は今までも散々に寅次郎の兄、松永熊次郎になぶられていたため、
松永一家への積年の恨みが爆発した結果、皆殺しを計ったのであろうか。

城戸熊太郎、谷弥五郎は日本刀、仕込み杖や猟銃で松永一家を襲い、
松永傳次郎一家、松永熊次郎一家を女子供含めて殺害、おぬい、おとら母娘を殺害、
計11名を殺害したが、肝心の松永寅次郎は京都の宇治へ逃れていた。

熊太郎、弥五郎の二人は弥五郎の愛人宅に火を放ち、
金剛山に逃げ込んで、懸命の山狩りでも捕まらなかったが
2週間後、背後から打ち殺された弥五郎と自殺した熊太郎の死骸が発見された。


これが河内音頭の「新聞(しんもん)読み」という実際に起きたできごとを歌う音頭になって、
大ヒットになったのだという。

「男持つなら熊太郎弥五郎、十人殺して名を残す」と歌われ、
「河内音頭」や「浪曲」にも残り、
町田康の小説「告白」の題材にもなった、というわけだ。


城戸熊太郎の人となりは伝聞や音頭の歌い手、
また町田康の想像でそれぞれに脚色されていると思われる。

町田康「告白」は熊太郎が十人斬りに至る心の軌跡を充分に時間をかけて、
ゆったりとあぶり出している。
がしかし、結局何だかよくわからない。

あかんではないか。

城戸熊太郎自身が、自分と自分の人生に「あかんではないか。」と言って
死んでいったように思えてならない。




町田康「告白」 (文庫本840ページ程)
京山幸枝若 歌謡浪曲 河内十人斬り 義兄弟 (CD2枚)
京山幸枝若 河内音頭 河内十人斬り 愛憎編、怒濤編 (CD2枚)
河内家菊水丸 河内音頭 河内十人斬り (CD3枚)

他に鉄砲光三郎、京山福太郎など、名調子は数々ある。

YouTubeにたくさんUPされている。鉄砲光三郎で10分、京山幸枝若で3時間、
お時間があったらどうぞ。

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