お稽古のこと

理解する、再現する、表現する、
という過程を経て確実に曲を自分のものにしていく、
そうすることで、今までモヤモヤしていたものが、
頭の中でスッキリとした像を結ぶ、

というのは、勉強やお稽古ごとを続ける喜びにつながる、
自分の成長を実感できる、

これが三味線の先生を代えて、実感できたことです。
自分の行き詰まっていたところが明らかになって納得できた
そんな感じです。


やっぱり私も西洋的音楽教育に慣らされてしまった現代人だなあ、
とも思います。

音階というものを頼りに音の位置をさぐる、
小節という区分を手だてとして、拍子をとる、
そういう風にしか、音楽が捉えられない。

また、自分の進歩、進捗状況を目で見える形でとらえないと、
やった気にならない、

この2点はもう、なしではいられない、ということです。


大昔の先人の録音を聞くと、音程はメチャクチャ、間は何だかへんてこりん、
でも、雰囲気はある、なんてものも多いのです。
確かに今の方が全体のレベルは上がっているのかもしれません。

が、現代人の耳は平均律しか聞けなくて、そこからずれると雑音にしか聞こえない、
「間」という観念もない、それもあるでしょう。

くずれた「間」のよさなんてわかる人は少ないし、
それが本当に崩れてしまっているのか、崩れているように聞こえるだけで崩れていないのか、
そこまでわかる人も少ないでしょう。


先人の名演は遠くなりにけり、です。


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