最善手 3

そう考えてくると、一つ、指標となるものが見えてきますね。

「美しい」ということ。
美は善なるものだ、ということですね。
シンプルなもの、それは美しいもの、
それでしかないもの、そこにあるべきもの、ですね。



「美」の判断基準も人それぞれ、と言ってしまえばそうかも知れませんが、
おのれを虚しくしたならば、
きっと見えてくる「美」が「最善」なのではないか、と思うのですよね。


「おのれを虚しくする」というのはどういう事かと言うと、
感情に流されない、ということでしょうか。
芸術の最善が感情に左右されるものではない、と思うのですよ。

それが、勝負や理性による最善の導き出し方と、
芸術による最善の導き出し方は、結局は同じだと思う所以(ゆえん)ですね。

そしてそこに共通するものは「美しい」ということだと思うのですよ。



私もそういう最善手が指せるといいなあ・・と思うばかりで、
技量であったり、感情であったり、おのれの弱さであったり、迷いであったり、
邪魔するものばかりたくさん持って生きているので、
なかなか満足には程遠い・・というわけです。

あ、でも、人の「感情」というのは決して必要のないものだとは思いません。
甘味な感情、苦い思い、ちょっとしょっぱい悲しさ、どす黒い感情さえも、
それがあるから生きているわけで、
うーん、でもそれと「美しさ」はどういう関係にあるのでしょうかね。
それはまだ、よくわからないなー。


最善手 2

勝負という明確な目的のある将棋には、
あらゆる局面で明確な最善手があるのは当然ですね。

それに比べて、音楽、美術、芸能、芸術、
人が生きて生活することに関しては、
何が最善であるかは、どう生きるか、どう生きたいか、に関わるわけで、
その最善は人それぞれ、なんでしょうか。


そう考えると、勝敗のない世界の最善手というのは、
おのれの満足でしょうか。
自分の欲する状態にピッタリくる、という感覚でしょうか。




連勝の止まった藤井四段へ「ひふみん」こと加藤一二三九段が
ツイッターで贈った激励のメッセージというのが含蓄があって良いですね。

 「棋士人生はまだまだこれから!
  いま始まったばかり。
  そして、勝負事には、
  勝ちか負けの二択しかない。
  だからこそ、
  つねにその先にあるものを見据えて
  観る人びとの魂を揺さぶる、
  後世に残る棋譜を紡いでいただけたらと願う。
  偉大なる後輩棋士たちの、
  長い長い棋士人生の前途を祝して。」


 「人生も、将棋も、
  勝負はつねに
  負けた地点からはじまる。」


ご自身の1324勝のうち90%は「名局」であり、
バッハやモーツァルトの「名曲」のように何百年たっても人々の感動を呼ぶ、
のだそうですよ。

本質は勝負の世界も芸術の世界も同じなんでしょうね。



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