浴衣会

義太夫の浴衣会で、私、今年は二つの演目に出ます。
一つは語りです。
もう一つは弾き語りをするおじさんの三味線の連れ弾きをします。
これは成り行きで出ることになったので、とっても不安です。

義太夫は基本、三味線と語りが一人ずつ組みます。
素人の演奏会では、そのどちらかにプロがつきます。
でないと、演奏があさっての方向に行ってしまう恐れがありますからね。

私が語りで出る演目では、大阪からいらっしゃる三味線弾きさんが三味線を弾きます。

弾き語りに連れ弾きで出る演目は、おじさんも私も素人で、すごーく不安です。
ホントにホントに不安です。
だって、おじさん、「人と合わせる」気がないんだもの。

リズムやタイミングを合わせるために、かけ声をかけたり、
息を飲んだりするのですが、それが合わない。
「あとノリ」のリズム(ン、タ、ン、タ、)ができないので、自分なりのリズムで進めてしまう。
休むべき所に休みを入れない。


三味線弾きの先生が違うよ、と指摘しても平気。
おじさん曰く、三味線弾きの言う通りに弾かなくていいんだって。
昔の録音を聴いてもいろいろだし、先生によってもいろいろな弾き方があるから、
自分なりに弾けばいいんだって。下手でいいんだって。

えー!それはもはや義太夫ではないだろー!

私は「このはげー!」とは言いませんし、修行だと思って本番に出ますけれど、
それは違うだろー!と思います。

こういう「おじさん」実はわりといます。

昔から、素人の旦那衆はお師匠さんに褒められておだてられて、
気持ちよくなることが目的で、稽古に通う人も多く、
今でも、そういう発表会はいっぱいあります。
素人はお金をいっぱい貢いでくれる「御連中さん」なので、
お師匠さんも、きついことは言わず、うまーく転がすわけですね。

でも、それに乗せられているのもつまらないと思いますけど・・。


「最善手」というのはどんなものにもあって、それを身に付ける、
追求することが「最善」に近づく方法だと思うのですよ。

追求しても技量が及ばなくて下手なのは恥じることではないけれど、
はなから追求することを放棄するのは、いかん、と思います。

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