最善手 3

そう考えてくると、一つ、指標となるものが見えてきますね。

「美しい」ということ。
美は善なるものだ、ということですね。
シンプルなもの、それは美しいもの、
それでしかないもの、そこにあるべきもの、ですね。



「美」の判断基準も人それぞれ、と言ってしまえばそうかも知れませんが、
おのれを虚しくしたならば、
きっと見えてくる「美」が「最善」なのではないか、と思うのですよね。


「おのれを虚しくする」というのはどういう事かと言うと、
感情に流されない、ということでしょうか。
芸術の最善が感情に左右されるものではない、と思うのですよ。

それが、勝負や理性による最善の導き出し方と、
芸術による最善の導き出し方は、結局は同じだと思う所以(ゆえん)ですね。

そしてそこに共通するものは「美しい」ということだと思うのですよ。



私もそういう最善手が指せるといいなあ・・と思うばかりで、
技量であったり、感情であったり、おのれの弱さであったり、迷いであったり、
邪魔するものばかりたくさん持って生きているので、
なかなか満足には程遠い・・というわけです。

あ、でも、人の「感情」というのは決して必要のないものだとは思いません。
甘味な感情、苦い思い、ちょっとしょっぱい悲しさ、どす黒い感情さえも、
それがあるから生きているわけで、
うーん、でもそれと「美しさ」はどういう関係にあるのでしょうかね。
それはまだ、よくわからないなー。


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