メモ4

今日の読売新聞の漫画「ドッポたち」小泉吉宏
ちょっといい言葉
「雲は重くなってくると
 雨を降らせて身を軽くするんだ

 ボクたちは心が重くなると
 涙を流して軽くするんだ」


メモ3

例えば好意をもって付き合った男に実は女がいるとして、
「キイっ!悔しいっ!」と言ってその女を殺したとしても、
男が「あ、ごめんごめん、君の方が好きだったんだ、
目が覚めたよ。殺してくれてありがとう。」
なんて言って、二人は末永く仲良く暮らしました、めでたしめでたし、
なんてことになるわけないのに、なんで殺したりするんだろう?

例えばストーカー行為は、近づきたい相手を、
増々自分から遠ざけてしまうのに、
なんで歯止めがきかないのだろう?

自分を愛してくれない人は嫌い。
自分の愛の邪魔になる人は嫌い。
そう、その通りなんだけどね。
傷つけたり、殺したり、それで気が済むのだろうか?
誰も幸せにならないのにね。
「キイっ!」って思っちゃった人はどうしたらいいのだろうか?

メモ2

お座敷に出る芸者は、猫をしょったら引退、というのだそうだ。

猫のように丸まった背になる、つまり、
お座敷でお客様の相手をするにはもう無理がある程年をとったら、
引退した方がいい、ということ。

「正直にやめた方がいいよって言ってくれるのはアンタしかいないから、
 私がみっともなくなる前に、そう言ってちょうだいね。」
なんて常々そう馴染みの旦那に頼んでおいた芸者に、
その旦那が「お前もうそろそろお座敷に出るのはやめた方がいいんじゃないか。」
と言ってあげたら「何言ってんのよ、あたしゃまだ若い。」と怒られたそうで。

そうなる前に自分で引き際を決めておかないといけない、
というのは誰しも思う事だけれど、
実際その立場になると、判断能力の低下のせいか、自分可愛さのせいか、
引き際が綺麗な人はあまりいない。

メモ1

本は本屋で買うに限る、とどこかに書いてあった。
つい欲しい本をネット注文してしまう。
他にも商品情報をネット検索すると、
その後PCでお薦めされる本や品物の傾向が偏るからだという。
自分が自分自身の既存の傾向の中で小さくまとまってしまう、
ということらしい。

実際に自分が足を運ばないと、
思いもよらなかったモノやモノゴトと出会うことは難しい。
自分の目と手でびっくりしながら確かめてみないとわからないのだ。

思いもよらないものと出会える喜び。
思いもよらない見方考え方や感じ方を知って自分で決めていた殻や限界を越える、
という楽しさ。

錆び付きかけた自分を少し若返らせてくれるかもしれない。


長唄の会

連休の初日は長唄の会のための下浚い(したさらい)、最終日に会の本番があって、
連休はそれで終わった。

毎回思うが、音楽というものは時間の芸能で、
始まったら止められない。
だれがどこで間違おうが、何が起ころうが、
音が鳴り止むまでは、全てを飲み込んで流れてゆくしかないのだ。
やり直しはきかない。
できなくてもできたつもり、事が起こってもなかったことにして、
最終章を目指す。


必ず、思いもよらない、今まで一回も間違えた事のない所でトチル。
何でだろう。余計な事が頭をよぎるからなんだろうけれど、
それを少なくしていく、あるいはうまくごまかす術は、
とにかく、場慣れ、回数、経験で覚えるしかない。

歌舞伎も文楽も、本職の方々は毎日同じ演奏を20日以上も繰り返しているのだから、
それは上手くなるよね。
プロでも何ヶ月か稽古して一回本番やって終わり、ってこともあるけれどね。
色々な公演があったり、踊りの地方(じかた)で呼ばれたり、
同じ曲を何回も演奏できるのは羨ましい。
素人は半年稽古して、それが本番の20分前後で終わってしまうのだから寂しい。

今回は長唄の師匠のそのまた師匠のお祝いの会に出させていただいたので、
華やいで、明るくおめでたく能天気に「元禄花見踊(げんろくはなみおどり)」
唄い終わって幕が閉じて、助演のえらい先生に大きな笑顔で
「お花が咲きました!」
と言っていただいて、その表現にとっても和む。

元禄花見踊2
(こんな感じかしら)

次は「勧進帳」に挑戦。
元々は能の謡曲(安宅 あたか)から作られた歌舞伎の曲で、
義経、弁慶らが奥州へ逃れる途中、北陸の安宅の関を山伏姿で通り抜けようとするのを
関守富樫に呼び止められ、疑いを晴らすために、弁慶がありもしない「勧進帳」を
それらしく読み上げてみたり、部下の強力姿に化けた義経を打擲(ちょうちゃく、たたくこと)
してみたりして、難を逃れる、という話しだ。

勧進帳
(ご存知、あの、やたら大げさな芝居です)

歌舞伎でもお馴染みの語りものの見本のような基本のような曲。
とにかく憧れの曲で、三味線も唄も派手でかっこよくて、
演奏していても、楽しくて気持ちがいい。

やりたい曲がいっぱいありすぎて、3ヶ月から半年に一曲だと、
これからの一生で足りるかしら?

長唄は、もっと早く出会いたかったことの一つだ。

新内節 2

その襲名披露演奏会で、
新内多賀太夫さん(剛士さん)が昨年1月に作曲、出演された芝居
「AKEGARASU明烏 転生」のプロットをもとに
新たに企画構成された朗読劇「明烏異聞録」が披露された。

新内節の古典「明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)」を題材として、
雪責めで折檻される女郎「浦里」に名取裕子、
浦里に入れあげる若旦那「時次郎」に風間杜夫の朗読と、
剛士さんが作曲した曲と、剛士さん自身の新内流しで綴る。

昨年1月の芝居版で女中の「おかや」を演じた友人と一緒に見た。
剛士さんは昨年の芝居では表現し尽くせなかった心残りがあったそうだ。
「心中にみられる心の解放という普遍性に着目し」
「古典と現代を融合調和させる」というプログラムの説明。
・・・・んーん。

私には浦里と時次郎の輪廻転生を芝居の時よりも、
よりわかりやすく描きたかったのだろう、と思われた。
(元の新内節では浦里と時次郎は女郎屋から飛び降りて逃げた、というのは夢だった、
 という夢オチになっている。つまり、ハッピーエンドではない。
 のちにその続編が違う作者によって作られて、ハッピーエンドの創作もあるそうだ。
 新内剛士さんの異聞ではいつかどこかで心中したような記憶のある二人が出会い、
 同じように心中をすることで結ばれる、という結末。
 ヒットしたアニメ「君の名は。」のように、
 縁のある二人が出会う時、「あ、あなたは・・」という必然を感じる、
 ということなのかな、と思った。)
 
明烏夢泡雪
(雪責め 女郎屋の主人に折檻される浦里、忍んで来た時次郎、
 主人にとりすがる禿のみどり)
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さて、
落語にも「明烏」という演目があり、
こちらは堅物のお店の息子をなんとかだまくらかして吉原に誘い出す、
というお話し。
義太夫節にも新内節を下敷きにした「明烏六花曙(あけがらすゆきのあけぼの)」
という演目があり、こちらは新内とは違い、まあ、なんというか、
人情話で泣かせた後、チャリ場(ふざけた場面)でハッピーエンド、
という、なんか剛士さんの純粋な探究心には申し訳ないような内容です。
私、夏の浴衣会で演じます。
今年の新年会で演じた雪責めの場面の続きで、
チャリ場の後、ようやくハッピーエンドに到ります。やっったーっ!
(わかりやすく言うと、浦里と時次郎は禿のみどり、実は二人の間の子どもを連れて、
 路銀やお宝もせしめて、まんまと吉原から逃げて行く。)

ところがその前段の泣かせる場面(髪結いのおたっつぁんが出てきてね、いい人なのよ)
もやりたくなって、来年の新年会で演じる予定。
当分終わりそうにない。明烏!


新内節 1

昨日は朝11時半から夜の8時まで国立劇場
四世宗家新内仲三郎披露、七代目家元新内多賀太夫襲名披露演奏会へ。


新内襲名チラシ


新内節というのは江戸浄瑠璃(語りもの)の一流派で、
歌舞伎の伴奏音楽として用いられたこともあったが、
吉原界隈を流して歩き、遊女の心情を描いた心中物も多く、
美声を聞かせる歌的要素が強い。

新内流し


その、新内節冨士元派の家元仲三郎さんが宗家になり、
その息子さんの剛士さんがお爺さまの多賀太夫を襲名して家元になった。

朝から晩まで多勢のお名取さんやゲストの皆さんが入れ替わり立ち替わりの演奏で
もー大変。
口上は松本幸四郎、
舞踊に、尾上菊之助、市川染五郎、
名誉名取の津川雅彦も新内の名曲「蘭蝶」をひとくさり。
目福耳福の贅沢な一日だった。

絵のこと

前記事で使ったミュシャの絵は国立新美術館で6月5日まで展示されている
ミュシャ展に出品されている絵です。
撮影可能な作品があり、iPhoneで撮影しました。


同時期開催(5月22日まで)の草間彌生展でも撮影可能作品があり、
前々記事の草間彌生の絵もiPhoneで撮りました。

草間彌生2

草間彌生はオノヨーコと同じようにアメリカでハプニングをしていた暗い人、
だと認識していましたが、
いつの間にか樹木希林のような顔のポップな有名人になってしまいました。
何十年か前、本の編集をしていた友人が、
「今、草間彌生の本つくってるのー。変な人でさー。ヘラヘラヘラ。」
と頭大丈夫か?と思うような顔で笑っていたので、
頭が相当いっちゃってる人だと思っていました。
ポップになってわかりやすくなって、人に受け入れられやすくなって、
良かった良かった。
ジミー大西の絵みたいで、そういう人(突き抜けた人)でないと描けない絵だと思いました。
以前ジミーちゃんがテレビで
「百貨店の人が言うように描いていると、お金がたくさんもらえる」
と言っていたので笑っちゃいました。


さて、ミュシャ。
「ミュシャ」というのは「Mucha」のフランス風の読み方で、
彼の祖国チェコの読み方では「ムハ」というのだそうです。
ミュシャはパリで名女優サラ・ベルナールのポスターを描いて大成功を収め、
アールヌーボーの旗手となります。
1900年の万博でボスニア・ヘルツェゴビナ館の装飾を手がけ、
スラブの人々の生活を目の当たりにし、
またアメリカ滞在時、チェコの作曲家スメタナの「我が祖国」を聞き、
それらが刺激となってパリを離れ、祖国チェコに戻り、
壮大な「スラブ叙事詩」という作品群の制作をはじめ、
完成には20年の歳月を費やします。

ミュシャ3

全体にモヤのかかったような色彩が微妙で美しい。

モデルにも近所の人を巻き込んで、
パリ時代に描いた面長の女性像とはうってかわって、丸顔で健康的な
スラブ的な顔の女性が描かれます。


ミュシャ


この絵は娘のヤロスラヴァがモデルなのだそうです。
日本人に親しみやすい骨格で好きです。

会場で上映していた映像で、本人は
パリで金持ちの家に飾るような絵を描いて貴重な時間を無駄にしてしまった、
と言っていた、とのことでしたが、
パリでの装飾的なポスターも本当に本当に魅力的で、
決して時間の無駄ではない!と思いました。
ポスターの細密な植物や女性の髪の表現は
彼のスラブ的な出自からきているのかな、とも思いました。


まあ、そういう事もあるさ 3

っていうか、
危うく見える息子の生活も、
彼自身が誇りをもって自ら選択して生きているのだ、
という主張を聞けて、そういう息子をこちらも誇りに思った。


いつまでも子ども扱いで子離れができないでいたのは、
こちらだったのだと、
遠くへ行ってしまった息子はSOSを出されるまで、
ただ見守るしかないのだと、

当たり前かもしれないけれど、
そういうことを、頭ではなく身体でわかるのは、
なかなか難しい。


息子に悪かったなあ、と思う。



ミュシャ2
(ミュシャ)

まあ、そういうこともあるさ 2

自分が子どもだった頃は親の価値観を押し付けられたり、
自分の世界観、価値観を尊重されないことに憤りを感じて
深く心をさらけだしたり交わったりすることをやめてしまった。

そういうことで傷ついたり、辛い思いをしたりした。

なのに、結局自分も親になってみると、
良かれと思って余計な事をして、子どもを傷つけているのだと、
息子からのメールで気が付く。


息子が傷つくということが一番辛い。

親って過剰だなあ。
過剰で前のめりで、しちめんどくさいなあ。



自分だって親に素直に甘える事ができずに勝手に傷ついたり、
勝手に憤慨したり、勝手に嫌ったりしてきたのに、
親になったら同じ「親」になっているよ。


親子って難しいなあ。

いい親よりも大切なこと


親の心子知らず、子の心親知らず。




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